2012年5月18日 (金)

トハギ慣用句

「上達トハギ」の上級慣用句を手帳に書き込んでいます。


101ページのうち、ようやく62ページまで来ました。
ㄱ から始めて今 ㅂの途中です。

こんな感じにびっしりです。


Cimg0291


普段持ち歩くスケジュール手帳の後半フリーページ部分に書いています。
カバンに入れやすいようごく薄いものなので、全然足りず、アドレス帳部分にも書いています。
修正テープで印刷部分を消して。
Cimg0294

たまにこんな下手なイラストも(/ω\)

Cimg0293_2

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イメージをとらえて覚えるためには絵を描くといいのはわかっているのですが、こんなお粗末なのを描くにも四苦八苦sad
ペンの色を替えてカラフルにしようかとも考えたのですが、色を選んだり持ち替えたりする時間が惜しいので、とにかくどんどん書いています。

とはいっても、慣用句というのは、単語のもとの意味やその背景・文化などを理解しないとイメージがつかめません。
なので、もとの単語そのものの意味や例文などを調べながらなので、やはり時間がかかります。

あと2週間で最後までいく予定です。
書いただけでは当然覚えていないので、今回のハン検には間に合わないですが。。。(>0<)

長い目で見て、今後の読書の中で巡り会うことを期待して、とにかくマイ慣用句辞典を作っちゃおうと思います。

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2012年5月 8日 (火)

「無方向バス」担当部分

ファンタジーなお話で、私はこの短編集の中でいちばん好きです。

担当部分は226ページ4行目ー229ページ11行目。

語り手の「僕」が、目撃者の話から“大きい本”に何かある、と確信するけれど、姉にわかってもらえなくてバスターミナルを眺めている場面まで。

気になったところ、困ったところなど。

①226ページ5行目 넋이 나간 사람처럼
넋이 나가다 のいい訳が見つからず、結局「魂が抜けたように」とほぼ直訳してしまいました。
「魂が抜けた人」とは日本語ではなんか座りが悪いというか、ピンとこない表現だと思います。
「ぼうっとした」くらいが近いのでしょうが、この場面ではそれも違うような気がして。
みなさんはどうされたでしょうか。

②228ページ7行目 "말도 안 되는 소리 좀 그만 해."
姉が僕のことばにあきれて言う台詞。
こういうのが難しいんですよね。
話者のキャラ、会話の相手との関係、場の雰囲気、などにマッチした日本語表現にするのが…。
「話にならないわ、いいかげんにして」と2文に分けてみました。
これもみなさんどう訳されたか気になるところです。

③229ページ7行目 빵, 하는 소리
バスの警笛の音って、擬声語でどういうんでしょう。
車のクラクションの音は「プップー」とかいいますよね。
バスの警笛はもっと大きくて高い音のような気がします。
「パーン」としたのですが、これだと何かが破裂した音のようで、いまいち。。。

ほかにも、気がついたところがあれば、ぜひ教えてください。


無方向バスに乗って行ってしまった母。
詳しくは書かれていないけど、僕は父のせいで母がいなくなったと思っている。
シン・ギョンスク「母をお願い」を思い出しました。

最後のバスの中の場面がいいですね。
会話の連続でふっと終わる。この余韻が好きですheart01

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2012年4月28日 (土)

ゴールデンウィーク

早くも路線変更します。

トハギの慣用句を少しずつここに書いて、写真に撮って携帯の待ち受けにする作戦でした。
しかしやはり手で書いたほうが覚えやすい気がします。

ここに書いて手帳にも手書きして…と思っていましたが、毎日そこまでする時間がなく、手書きだけにします。

ミレの課題もあるし、やるべきことに追われて気持ちばかり焦っているこの頃coldsweats02

あ、ぽにょっ会の発表ももうすぐでした。
一通りの訳は随分前に終わっているのですが、まだまだ推敲しなければ。

連休は遠出の予定はないので勉強三昧pencilといきたいところですが、家族の手前そうもいかず・・・。
大手を振って勉強できる学生が羨ましいです。

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2012年4月25日 (水)

トハギ2

上達トハギの上級慣用句より
Photo_2


今日はいちばん後ろのページから

호주머니를 털리다 強盗にあう
호흡을 고르다     様子見をする 

혼을 빼다    迷わせる、 思考を麻痺させる
혼을 뽑다    ①ひどい目にあわせる ②面喰わせる
혼이(정신이) 나가다/빠지다   
=눈동자가 풀리다     ぼうっとする、正気を失う
혼쭐이 빠지다     苦難に死ぬ思いをする

홍역을 치르다    [紅疫]はしかにかかる→大きな困難を切り抜ける   
  
혹시 하다가 역시 하다    しょせん、やはりだめだ
힘에 부치다      手に余る、手に負えない

환심을 사다 = 마음을 사다  歓心を買う、取り入る
힘을 입다       力にあずかる、恩恵をこうむる

혹을 떼다    問題や悩みを解決する

화촉을 밝히다     華燭の典をあげる

훨훨 날다       大活躍する 
활개를 치다      大手を振る、のさばる、我が物顔でふるまう
활개를 펴다      大の字になる、羽を伸ばす

황금알을 낳는 거위   ぼろ儲け
희망의 등대      希望の星
희한한 조화다     変わったことだ

환갑 진갑 다 지내다   随分長生きする
황소고집을 세우다/부리다   片意地を張る

황혼이 깃들다     黄昏が迫る、人生の黄昏を迎える
황천객이 되다
= 황천으로 가다, 저승에 가다  黄泉の国へ行く、あの世へ行く

そのまま羅列しただけでは覚えられないし、面白くないので
無理矢理並べ替えてストーリーにしてみました。

ある人が強盗にあってひどい目に遭い→困難を切り抜け→かと思ったらまた手に負えないことになったが→エライ人に取り入って解決→結婚→活躍、上昇、ぼろ儲け→長生き偏屈老人になり→黄昏れてあの世へ。
smile

 

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2012年4月24日 (火)

トハギ1

上達トハギから慣用句を少しずつ書いていこうと思います。

上級慣用句だけで100ページ。
1日2ページでも50日。。。
とてもハン検には間に合わない~(;´д`)

始めるのが遅すぎですね。
まあ、長い目で見て、とにかく始めましょう。

今日は 가슴 シリーズで。
〈驚き・恐怖系〉

가슴이 내려앉다
= 가슴이 덜컥하다 , 가슴이 덜컹하다  ①驚いて肝を冷やす ②悲しみで胸がつぶれる
가슴이 뜨끔하다 = 가슴이 철렁하다   どきっとする、ぎくりとする、はっとする
가슴이 섬뜩하다      ぞっとする、ひやっとする
가슴이 콩알만 하다 (해지다)
= 간이 콩알만 해지다   肝を冷やす、震え上がる、びくびくする

〈悲しみ・感動系〉

가슴에 찔리다 = 가슴이 찔리다     胸を突かれる、 良心がとがめる
가슴을 도려내다 = 가슴을 저미다    胸をえぐる
가슴을 적시다 = 가슴을 울리다     胸を打つ、胸に迫る   
가슴을 파고 들다               胸に応える、身にしみる
가슴이 (두)방망이질하다
= 가슴이 두 근 반 세 근 반 하다   胸がとどろく、どきどきする
가슴이 뭉클하다 = 가슴이 찡하다    胸がじんとする、感動する
가슴이 미어지다 (미여지다)     胸が張り裂ける

〈喜び系〉

가슴이 울렁거리다     わくわくする、ときめく
가슴이 트이다 = 가슴이 후련하다     気持ちが晴れる、胸がすっとする


コレは知ってる!とか、直訳で推測できそうなものは除いて、似た感じのものをまとめてみました。
実際のニュアンスがわからないのでかなり誤解もあるかと思いますdespair

例文をつくりたいけれと、時間がないので、今日はここまで。

この画面を携帯で写真に撮って待ち受けにします。
ミレのブログにあった方法です。

「いかにして覚えるか」。
この永遠の課題に、いろんな方法で柔軟に挑戦してみたいです。


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2012年4月22日 (日)

ハングル検定

またまたブログ更新をサボっていました(;´▽`A``

この間、忙しさに紛れハングル検定1級の申込みを危うく忘れるところでしたが、ぎりぎりに申込みしました。

しかし1年前から向上した感じは全くしません。
むしろ後退しているような気もします。

でもモチベーション維持のためには試験がいちばん手っ取り早く効果があります。
それはこの数年間で身をもってわかりました。
なので、合格可能性は低くても、自分への投資のつもりで高い受験料を払いました。

上達トハギも買いました。
Photo_2

あと1ヶ月と少し、できるだけ慣用句を中心に覚えたいと思います。
ファイティン~、じぶん!up

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2012年3月30日 (金)

ケナリも花、サクラも花

韓国語を学習する方なら、ご存知の方が多いことと思います。
私もずっと前から気になっていたのですが、ようやく読みました。

Kenari

鷺沢萌「ケナリも花、サクラも花」新潮社

中3国語の教科書にも一部が掲載されているそうです。
初版は1994年。今は文庫版が出ています。

上智大学外国語学部ロシア語学科在学中に小説家としてデビューし、文学界新人賞、泉鏡花賞などを受賞した作家、鷺沢萠さんが、1993年に延世大学語学堂に半年間語学留学したときの体験、思いを綴ったエッセイ。

鷺沢さんは、20歳を過ぎて、父方の祖母が韓国人であったことを知り、祖母の母国・韓国で韓国語を学ぶことを思い立ったとか。

当時日本から韓国に語学留学する人は、ほとんどがいわゆる在日韓国・朝鮮人2世・3世の僑胞(ギョポ)。
4分の1クオーターの自分は、韓国人でもなく、まるまるの日本人でもなく、僑胞でもない。その苦悩、思いがまっすぐに伝わってきます。

大部分は、筆者のその思いに溢れる文なのですが、私がとくに印象に残ったのは、やはり「ことば」に関することでした。

「音」だけで韓国語を憶えている在日以外の僑胞に対して驚くところ。
「空軍」という漢字語を例に挙げ、「コングン」という音だけで意味を理解し「空軍」という漢字を思い浮かべることなしに把握しているとは、すごい、信じられない、という。

「彼らの頭の中を覗いてみたい。空軍という単語と空港(コンハン)という単語が、どういう繋がりをもっているのか、コンという音が同一であることと意味上の類似性とが、頭の中でどういうふうに区分けされているのか、わたしはほんとうに見てみたい(というか、それを体験してみたい)。ああ、ことばって面白い。」

これは、私も韓国語を学びながらいつも思っていたことでした。
韓国語ネイティブの頭の中を覗いてみたい。漢字語なのに漢字を知らずに音だけで理解しているなんて、どういう感覚なんだろう、と不思議に思っていました。

その不可思議さが解消されたのは、以前の記事に挙げた「漢字と日本人」です。
「ことば」の実体は、「音」。
「ことば」はまず「音」として誕生し、「文字」はごく最近、ことばを記録するためにできたもの。
文字を持たない言語も多く(おそらく文字を持つほうが少ない)、漢字やアルファベットなどを借りて表記する言語も数多い。
聞き話すことに不自由はないけれど読み書きできない、という人も多いし、数百年前までは日本でもそれが当たり前だった。
それが、識字率が上がり、明治以降大量に漢字の造語が生まれ、日本人は漢字を思い浮かべながら話す「漢字はり付き」現象が普通になってしまった。

つまり、「音」より「文字」が先に立つ逆転現象が起きている、というふうに理解すると、日本語ネイティブこそ本来のことばのありようが逆転しているのだ、となぜかすっきりしました。

英語など印欧語、その他の言語で、文字を思い浮かべながら母語を聞き話す、ということはあるのでしょうか。
日本語の「漢字はり付き」はかなり特殊なような気がします。
しかし、世界には数千の言語があるといわれています。中には現代日本語のように文字が先立つ言語もあるかもしれません。
そんなことも調べてみたいです。


また、この本の中で語学の習得方法について、上智大学の教授の話も印象深いです。

語学習得の方法としてふたつある。
ひとつはとにかくその言語を使用する集団の中に入って、耳と口と体全体とで憶えていく方法。
もうひとつは、その言語を体系的に把握し、品詞や構文を理解したうえでことばを紡いで行く方法。
両方とも必要なこと。
幼児のようにはいかないが、何かの拍子に耳でキャッチしたことばに対して「あ、こういうふうに言うんだ!」と発見することはとても大事だ、と。
しかし、君たちは二十歳近い大人なのだから体系的な理解力はあるはずだ。その理解のうえのほうがスマートで時間のロスも少ない。
そのほうが「大人げがある」と筆者は言う。

二倍成人?をはるかに超えた十分すぎる大人としては、やはりそうだよね、と頷きました。
外国語を学ぶ目的は人様々ですが、私の場合必要に迫られたわけでもなく、とにかく「知りたい」「理解したい」という気持ちからなので、自分の目的に合ったやり方でいい、と少し楽になりました。

鷺沢萠さんは2004年に35歳でこの世を去られましたが、今の日韓についてどう感じられるか、もっと書いて欲しかったです。

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2012年3月 6日 (火)

外国語の水曜日

面白いです!
黒田龍之助「外国語の水曜日―学習法としての言語学入門―」 現代書館

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著者の黒田龍之助さんはロシア語・スラブ語学・言語学の専門家で、NHKロシア語講座の講師としても人気を集め、現在はフリーランスの語学教師、という方。
詳しくはご自身が語った講演会の記録をご覧になると、よくわかります。

この本は、大学のロシア語教師時代のエピソードを中心に、語学にまつわる楽しいエッセイです。
理系大学の学生の中にも、英語以外のロシア語などの言語に興味を持つ者が少数ながらいて、そんな学生たちと黒田先生が毎週水曜日に研究室で集まり、楽しくロシア語に取り組む様子などが、軽妙な文章で綴られています。

また、とにかく外国語を学ぶのが好き!という黒田先生。
いろんな外国語に手を出し、その中には韓国語もありました。

ある年の夏、韓国語の3週間集中レッスンを受けたときのことを書いた「歌と駄洒落のハングルレッスン」。
一緒に韓国語を習いたい、という学生と二人で、日本人と韓国人ネイティブの二人の先生につき、楽しく濃密に学習したことが書かれています。

その中で、やはり、というか濃音に苦労したことが挙げられています。
「・・・・・先生の真似をしながら練習するが、息を殺してのどから音を出そうとすると、なぜかつむじのあたりが上へピンと引っ張られるような気がする。まるでマリオネットみたいに頭をピクピクさせながら、練習を繰り返した。傍からみたらずいぶん間抜けな光景である。」

また一般に、発音に関してはネイティブのほうが寛容であり、日本人の先生のほうが厳しく標準的な発音を要求する、ということ。両方があればバランスよく、ネイティブに習えば発音がよくなるわけではない、というところで、やはり!と頷いてしまいました。

第3章は「学習法としての言語学入門」となっていますが、入門の前の紹介くらいのレベルで、わかりやすく楽しく読めました。

とにかく、外国語は楽しい! もっと楽しもう、英語だけなんてもったいない!という著者自身の想いが伝わり、「ニューエクスプレス」シリーズ外国語を何かひとつ、やってみたいな~、と思わせられました。

中世チェコの聖書、ギリシア語、アラビア語文法書などをあしらった装丁もステキですheart01

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2012年2月23日 (木)

僕とB 担当部分

キム・ジュンヒョク短編集「楽器たちの図書館」を翻訳しちゃおう、という”ぽにょっ会”。
今回は「僕とB」です。

久しぶりに会ったBと僕が話をする場面から、僕がBのドキュメンタリーを作ろうと撮影を始めるところまで、が担当でした。(203ページ10行目から207ページ12行目)

悩んだところ、気になったところなど。

①p203 해줄까보다
-ㄹ까 보다 … 네이버 국어사전には、「①推量、②不確な自分の意志を表す:…(し)ようかな。」とあります。
てことは、単に-ㄹ까 と意味としては変わらないようです。 보다 がつくと、自分はそう見ている、という感じが少し強調されるのかな、と思いますが、訳出するのは難しく、単に「してあげようか」としました。
こういう口語的な言い回しは、生活体験がないと具体的なニュアンスがわからないので、理解できているのか不安になります。

②p204 사람들이 알아봐?
直訳「人々が見分ける?」 
街角ですれ違う人々が「あ、あの人、もしかしてこの頃有名なギタリスト?」などと『見て分かる』ようになり、「サインしてください」みたいに声をかけてきたりするのか?みたいなことかと思いました。
사람들 を主語にした文を時々見ますが、日本語になりにくいですね。 ここでは主語をなしにして「顔を知られた?」としましたが、もっといい訳がありそうな気がします。

③p205 다정하게
つぶれそうな会社に残るかどうか、心の中の天使と悪魔のような二人の人間が 『다정하게』 ささやき合う…。
다정하다 は,優しい、情が厚い、思いやりがある、親しい、というような意味ですが、この場面にはしっくりこなくて、「親密に」としましたが、これもいまいち。
今考えたら「仲良くおしゃべりしていた」とかにすると、皮肉っぽい感じが出たかも。

④p206 엿장수
「飴屋」? デジタルカメラの部品を飴屋に売るとは…?
엿장수を含む慣用句かことわざでもあるのではないか、と検索して調べてみましたが、わかりませんでした。
また、こういうときの調べ方を教えていただけたら有り難いです。


⑤全体に会話でのBの語尾。
会話のとき、Bは年下なので原則-요 の존댓말 ですが、ときどき 반말 も混じります。これをどうするか。
例えば203ページの後半、もういちど電気を通したらアレルギーが治るかも、という僕の言葉に、Bが返す言葉は全部パンマルになっていて、その後また -요 に戻っています。それでBがあきれている様子がよくわかります。
Bの台詞を全部同じ調子の語尾にしてしまうと、この部分のニュアンスが上手く伝わらないな~、とちょっと悩みました。

日本でも学生時代の5歳違いだとかなり先輩後輩なので、いつまで経っても先輩に対しては敬語で話たりしますよね。
この場合は音楽の趣味で友だちになったしギタリストだから、5歳違いでも、日本語ならやっぱり親しくなってから『です、ます』は不自然かな、と思いBの言葉もタメにしましたが。
初めは全面敬語、親しくなってきてパンマル混じりになってくる、関係が近づいて変わってくる感じを上手く出せたらな、と思います。

みなさんはどうされましたか?

ほかにもお気づきの点、いろいろ教えてください m(_ _)m

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2012年2月12日 (日)

漢字と日本人

この本もすごく面白いです。

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                   高島俊男「漢字と日本人」文春新書

著者は中国語学・中国文学の専門家。
エッセイストとしてもファンが多いといいます。

冒頭、「カテーの問題」を取り挙げています。
ある中学生の事件について新聞記者の質問に、校長先生が「それは仮定の問題」と答えたら、「校長は家庭の問題だと語った」と報ぜられてしまった、という話。

あるある~そういうこと、と日本人なら誰しも納得する話です。

今「かてい」とキーボードで打ったら、上の二つのほかに「過程、課程、下底、家弟、嘉禎」がありました。
このように偶然同じ音を持つ言葉が非常に多いが日本語の特性です。

それでなぜ会話するときに混乱しないのか。

それは、それぞれの言葉に漢字がはりついているから。
文脈から瞬時に判断し、無意識のうちに該当する漢字を思い浮かべて聞いたりしゃべったりしているから。

日本語ネイティブなら全く無意識に行っている、この高度に奇妙な言語認識について、なぜこうなったかを、漢字と日本語の歴史をたどりながら、解き明かしていきます。
また、明治以後、戦後の国語改革について舌鋒鋭く切って、日本語というものを考えます。

私も韓国語を知ってから、この「漢字はりつき日本語」って不思議だな~、文字の種類がひとつの言語(大部分がそうでしょう)を母語とする人々は、いちいち文字を思い浮かべながら話をするなんてこと、あるのだろうか、と疑問に思っていました。
同じく漢字語が多いため、日本語ほどではないにしろ同音異義語が多い韓国語ですが、現在は大部分の韓国ネイティブはほぼハングルのみの言語生活を送り、「漢字はりつき」はなさそうです。
それでどうして同音異義語を区別しているのか、不思議でした。

この本を読んでなるほど、と思わせられるところがたくさんありました。

・日本語と漢語はまったく系統も性格も違う言語なのに、漢語を表すための文字である漢字で日本語を書くということは、まったく不便で困難と混乱が伴い、それは今日もまだ続いている。

・日本語の音節の数はおよそ百ほど。たいへん少ない。英語は三千くらい、漢語(いわゆる中国語)は千五百くらいだが、それぞれ四つの声調を持つ。つまり、日本語の音がとても単純なので、日本人は口が不器用。
これは、外国語を勉強する人なら誰しも日々実感していますよね。

・日本人はngで終わる音がとくにダメ。鼻へ抜けて自然に消えてゆく音は「―ウ」または「―イ」とした。
これって韓国語のㅇパッチムと日本語の対応そのままですね。韓国語は漢語のng音をㅇパッチムでかなり近い音で取り入れたけど、日本では「―ウ」「―イ」とすごく訛ってしまった、てことがよくわかります。

・日本漢字音には「中古漢語」の四つの声調のうち「入声(にっしょう)」だけは保存された。入声とは、p, t, k で終わるつまった音。 t ,k 入声にはi もしくはu をつけて発音し、それは今日までそのまま残っている。
これも韓国語の漢字音との対応そのままです。

・訓よみというものができたことによって、日本の漢字は面倒なことになった。
たとえば「とる」というのは日本語(和語)でその意味は一つ。「取る」「撮る」「採る」・・・・など漢字で書き分けるなど不要でナンセンス。純粋の日本語を書くときに、中国語だったら何という動詞をあてるかと悩む必要はない。
・・・この著者の主張には、ほほう~、とうなってしまいました。
違う漢字を書く言葉は違う意味を持っている、と思っていましたが、それはもともと漢語由来の漢字語の話で、「とる」なんて言葉の場合は、もともと和語を無理矢理漢字で書いていたんですね。
キーボードで日本語を打ち込むとき、変換候補が出て、え~この場合どれが正しいのかな?と悩むときがあります。でも、和語だったらひらがなで書くほうが、ある意味正しい、と納得しました。

・言語というのはその言語を話す種族の、世界の切りとり方の体系である。話す言葉によって世界のありようが異なる。
たとえば英語ではbrother,sisterといって、男女の区別だけして長幼の区別はせずにひっくるめてとらえる。日本語は兄、姉、弟、妹、と男女の区別とともに自分より上か下か区別してとらえる。つまり「世界のとらえかた」が違う。
・・・ここでやはり韓国語のことを思い浮かべました。

韓国語では自分より上のきょうだいは형,누나, 오빠,언니 と、自分が男女いずれかによる区別までするのに、自分より下は동생 だけで、ふつう男女の区別はしません。また、甥、姪も조카 だけで男女区別なしです。
韓国語は親族関係の呼称がいちいち細かくあるのに、なぜここだけ大ざっぱ?と思っていました。
これも「世界のとらえかた」といえるでしょう。儒教の影響が強い世界観では、上の世代を敬うことが大事で、相対的に下の者は大ざっぱにとらえておけ、ということでしょうか。

ほかにも、著者の歯に衣着せぬ主張がタカビーではありますが、ここまではっきりしていると心地よいです。

文体がごちゃ混ぜで、和語はなるべくひらがなで、という持論に従ってひらがなが多いのに、気にならずに読めます。村上春樹のいうリズムがあるのでしょうか。

わたしもまねをして、和語はなるべくひらがなで書いてみようとおもったのですが、どれが和語でどれが漢字語だか、わからないことばもあり、この最後の文だけにしました。(「かく」は和語だとおもうのですが、これは高島先生も「書く」と書いています。やはりひらがながつづくとよみづらいからでしょうか・・・)

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