理解と誤解のあいだ
この本を読みました。
米原万里の「愛の法則」 集英社新書
米原万里さんといえば、超一流のロシア語通訳、数々の賞に輝くエッセイスト、作家。
2006年に56歳の若さでがんのため亡くなられましたが、今更ながら、本当にすごい才能ある方だったと思います。ファンの多さも頷けます。
これは、米原さんの死後出版された、講演集。
見事としかいいようのない語り口、米原ワールドに圧倒されました。
第1章 愛の法則
第2章 国際化とグローバリゼーションのあいだ
第3章 理解と誤解のあいだ―通訳の限界と可能性
第4章 通訳と翻訳の違い
第1章と2章は、高校生のための講演会。
第1章「愛の法則」は、高校生相手に、お得意のシモネタを遠慮なく織り交ぜ、「女が本流、男はサンプル」という生物学の米原学説!を語っている爆笑講演。
私は完全に納得してしまいましたね~。米原さんの学説は、たしかに法則です。たぶん。
第2章もさすがです。
「日本人は、天然の国境がずっとあり続けたから、言葉とか文化に対して、非常に気楽に考えられる、幸せなおめでたい民族」
「ほんとうの国際化とは、世界にあるさまざまな文化と、英語経由、オランダ語経由(江戸時代)、中国語経由(古代~中世)ではなくて、国と国が直接の関係を築くこと。それには大変な努力と時間がかかるけれど、たった一つの言語を通して国際化ができると錯覚しているのが、日本の国際化という病気」
「国際化というのは、世界最強の国の基準に合わせることではない。どの言語もどの文化も、深いもの、おもしろいもの、価値あるものがたくさんある。軍事力、経済力は一時的なもの。文化は引き継がれる。」
「同時通訳者の90%は英語の通訳者。残りの10%の各国語の通訳者は自由闊達で話題が豊富だが、英語通訳者は個性が乏しく話がおもしろくない。」
「日本人の頭の中の情報の地図が、英語経由のものに偏っている。これが日本人の精神を貧しくしている。」
「日本語を外国語として、外国人に教えられるくらい客観的に突き放して勉強することを、徹底的にすれば、第一外国語を学ぶときに非常にやりやすいはず。」
サミットの同時通訳が、英語以外はすべて英語経由で重訳されていたとは、びっくりでした。これは確かに異常です。フランス語、ロシア語など優秀な同時通訳者がいそうなのに・・・。まだ数が不足なのでしょうか。
第3章は、通訳の仕事を具体的に語って、いちばん興味深かったです。
「言葉というのはモノそのものではなく、あくまでもモノを指す記号」
「概念をコード化したものが言葉。その言葉が認知、解読され、相手の概念となる。この二つの概念が近ければ近いほど、コミュニケーションは成功」
「言葉というのは、いろいろな意味を併せ持っているもの。通訳するときは、なるべく意味の幅を狭めて、必ずこの意味で受け取ってもらえることを目指して、訳語を選んでいく。」
「肝心なのは発言者の言いたいことを相手に伝えることでって、途中のプロセスは必ずしも元に忠実じゃなくてもいい。省略できるところは省略して、最終的に双方のイメージが一致することが大事。」
「言葉の意味は文脈によって判断される。文脈とは、文章の中だけでなく、その言葉を取り巻いている環境、歴史的文脈など、さまざま。言葉を取り巻く状況そのものの理解を深めるよう、努めている。」
「完全にコミュニケーションが通じて最終的に理解が一致するなどということはあり得ない。通訳にはその覚悟が必要。それは通訳だけでなく、あらゆるコミュニケーションについていえる。」
「人間は他者とのコミュニケーションを求めてやまない動物。みんなが同時に笑えて、一緒に感動できることを目指し、不完全だけれども、とにかくそれを目指しつづける。」
第4章は要約筆記協会での講演。(手話通訳者が多いと思われる)
「その外国語と日本語と、この両方で小説が楽しめるなら、通訳はできる。」
「外国語の本を読むとき、辞書を引かなくても、知らない単語の意味は前後関係や構成要素で、自ずと浮き上がってくる。」
「(チェコから帰国後、中3のとき日本の古典を実際に読んだのはクラスで自分一人だったとわかって)読書そのものの感動を体験せずに、文学史のデータだけを覚えて、なんて味気なくてつまらない人生だ、と他人事ながら思った。」
「日本語とロシア語を自由に行き来できているのは、二つの言語で多読濫読してきたおかげ」
「新しい言葉を身につけるためにも、維持するためにも、読書こそいちばん苦痛のない学習法」
「通訳のコツは、単語にとらわれないこと。単語が現れる前の、心や頭の中の状態、もやもやっとしたもの=概念をとらえて訳す。」
「言葉は部品ではなくて一つのテキスト。通訳は、テキストになったものを受け取って、またテキストにしていくプロセス。それが生きた言葉。一語一句の訳は不可能。」
講演集なので、すべて語り口調で、とても読みやすいです。
それに、それぞれの聴衆に合わせて、題材や話の運びなど、よく準備され練られたことがうかがえます。それでいて、自然に流れるような話で、本当に一流の言葉の使い手ですね。
ほとんどすべて同感することばかりでした。
概念とコードの関係とか、私が今までもやもや考えていたことを、明瞭に語ってくれた気がします。
また、米原さんの著作の中でも最高傑作の呼び声高い本といえば、これでしょうか。
「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」
これは、昨年読んだものですが、噂に違わず本当に面白く、大いに笑って泣いて考えて、ずしりとした読後感がありました。
ご存じの方も多いと思うので、内容紹介は省略します。
というか、内容豊富すぎて、とても私のつたない文では紹介できません。
米原さんの著作、もっと読んでみたいです。
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コメント
米原さん私も大ファンです。
内容は読んでないけど「生涯人間のオスは飼わず」てエッセイがあって、未婚でペット好きの米原さんらしいな。とニヤリ。
『嘘つきアーニャ』もよかったし、『オリガ・モリソヴナの反語法』も大好きで(←これの韓国語版を人にプレゼントしたことがあります)、もっと長生きして小説書いて欲しかったです。
彼女の経歴は誰にもまねできないけれど、言葉に対する姿勢は見習いたいですね。
投稿: たま | 2012年1月10日 (火) 22:47
>たまさん
そうそう、私も「終生ヒトのオスは飼わず」ってタイトルには興味大アリです(^_-)
韓国語版もいくつか出てるんですね。読んでみたいです。
ほんと、彼女の言葉に対する姿勢というか感受性というか、見習ってほんの少しでも近づきたいです。
投稿: ひがなお、 | 2012年1月11日 (水) 22:48
あら・・。
うろ覚えですいません><
「~反語法」はちゃんと検索したのに。
彼女の文はリズムがあって、ユーモアがあって、ちょっと毒があって読んでて楽しいですよね。
投稿: たま | 2012年1月13日 (金) 09:50
>たまさん
ほんと、村上春樹のいうリズムとはこういうことなのかも、て思います。
「他諺の空似―ことわざ人類学」もすごい毒というか、パワーにあふれて豪快ですね。
投稿: ひがなお | 2012年1月13日 (金) 22:35
なんかすごく勉強になりました・ 私もぜひこの本よんでみます!
投稿: | 2012年1月26日 (木) 08:34
>↑の方
私はすごく納得して勉強になった本です。 何か参考になれば幸いです。
投稿: ひがなお | 2012年2月 2日 (木) 20:57