翻訳夜話
お正月休みにこの本を読みました。
「翻訳夜話」村上春樹・柴田元幸 文藝春秋 文春新書
ゆうさんに教えていただいた、村上春樹と小澤征爾の対談本『小澤征爾さんと、音楽について話をする』が、図書館の予約待ちなので、すぐに借りられたこの本を読みました。
すごく面白くて興味深く、役に立つ内容でした。
自分ほど翻訳をたくさんする小説家はいない、と自負するほどの翻訳好きである村上春樹。その村上春樹の翻訳チェックを担当した翻訳家で東大教授の柴田元幸。
この二人が学生や若手翻訳家と問答しながら、それぞれ翻訳に対する考えを率直に述べています。
村上さんは、やはりこの中でも、文章はリズム、ビート、うねりが重要だと強調しています。ビートとうねりがないと、文章がうまく呼吸しないから読みづらい、翻訳するときは、原文のリズムをうまく日本語に移し換えることを意識する、と。
そのほか、印象に残ったところ。(ほとんど村上春樹の発言)
・翻訳に求められるものは、ひとくちでいえば「偏見のある愛情」。
・自分の翻訳はどちらかといえば逐語訳。だが、オリジナルのテキストにある呼吸、リズムを、表層的にではなく、より深い自然なかたちで日本語に移すために、あえて、独断で長い文を切ったり、つなぎ換えたりすることもある。
・文体についてあれこれ考える必要はない。相手のテキストのリズム、雰囲気、温度を自分の中に入れて、それを正確に置き換えようという気持ちがあれば、自分の文体というのはそこから自然に染みこんでいくもの。
・美しい自然な日本語を書こうみたいなものは捨てて、原作者の心の動きを、息をひそめてただじっと追うしかない。極端に言えば、翻訳とはエゴを捨てることだと思う。うまくエゴを捨てられると、忠実でありながら、しかも官僚的にならない自然な翻訳が結果的にできるはずだと思う。
・日本語を磨きましょうという言い方には違和感がある。所詮自分の使える日本語しか上手く文章にはのらない。いわゆる美しい日本語を強いても自分の中には染みこまないと思う。(柴田)
・一人称の表記について。「私」か「僕」か。僕自身(村上)はどっちでもいい。すべてはテキストが規定するし、僕はその流れに乗るだけ。
・小説を書くときは、ものすごく苦労して一生懸命考えるけど、翻訳するときは、文章的には苦労したことはぜんぜんない。
・自分の小説が英語経由で他の言語に重訳されることが多いが、作品自体に力があれば、多少の誤差は乗り越えていける、と思うから、多少違ってしまっても訳されたほうが嬉しい。
・翻訳というのは、極端に濃密な読書である、といえる。翻訳したものが自分の中に沈み込んで、書くものに反映される、ということもある。
・音声的なリアリティーと文章的、活字的なリアリティーは全く違うもの。だから意識的口には出さない。目で追うリズム、目で掴むリズムが重要。
後半、レイモンド・カーヴァーと、ポール・オースターの短編を、両人が競訳したもの、それについての問答、またその原文も掲載され、とても盛りだくさんで内容たっぷりでした。
英語の小説の細かいニュアンスは、もちろん分からないのですが、お二人の訳が結構違うのにびっくり、また納得。
作家への思い入れ、自分の文体、いろんなものが現れるんだな、と。
また、翻訳学校の生徒の質問「自分のスタイルをつくるにはどうしたらいいか」に関連して、村上さんの答え。
「いちばんいいのは、グループなんかでみんなで読みあって、お互いに意見を言ったり批評するのが有効なのではないかと思います」
これって、ぽにょっ会でやってますよね
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コメント
うふふ、最後のところでホッとしました(^^)。
やはり自分本位の訳にならないように、グループでなんだかんだ言い合うのは良いんですね。
ひがなおさんの記事を読んで、「翻訳」に関して自分の考えが少し変わって来たような気がします。なんと言うか...もう少し自由になっても良いんだな、って感じかしら?
投稿: ハーちゃん | 2012年1月 5日 (木) 22:20
目で追うリズム、目で掴むリズムを早く習得できるようになりたいと思います。が、これも自分の力というか日本語力に関係するのでは…とちょっとびびっています…。
投稿: ふにゃ | 2012年1月 6日 (金) 00:18
>ハーちゃんさん
そう、ぽにょっ会をほめていただいたような気がして、嬉しくなりました。
村上さんほどの巨匠ともなると、作品に深く入って、テキストから受け取った魂みたいなものを、そのまま日本語にするだけだから翻訳の文章では全然苦労しない、というのには、驚きというか、さすがというか…。かといって、技術的な話もあり、とても面白い本でした。オススメです(o^-^o)
投稿: ひがなお、 | 2012年1月 7日 (土) 11:41
>ふにゃさん
文章のリズムについては、私もまだまだよくわかりません。
音読するときのリズムと、目で掴むリズムとは全く別物、と村上氏の言葉ですが、実感として全然わからないです
投稿: ひがなお、 | 2012年1月 7日 (土) 11:47
ひがなおさん、こんにちはー。またまたお邪魔虫で〜す。
この本を図書館に予約して、友人にその事を話したら「私持ってたわ。被災地に寄付しちゃった」ですって。一足遅かったか...。でも被災地のかたが読めるならそのほうが良いですね。
今日届いたと図書館からメールが来たので、後で取りに行って来ます。隣りの区の図書館なんだけれど(^^;)。うちの区も隣りの区も同じように利用できるので便利です。隣りの区のほうがお金持ちらしく(^^;)蔵書も多いんですよ。
投稿: ハーちゃん | 2012年1月 8日 (日) 14:17
>ハーちゃんさん
蔵書の多い図書館があって、羨ましいです。
読まれたら、また感想を聞かせてください。
投稿: ひがなお、 | 2012年1月 8日 (日) 20:53
こんにちはー。連休最後の日ですね(^^)。
読みました。ひがなおさんが上手くまとめて下さったから、あとは良いと思うのですが(^^;)。
村上さんが翻訳に対して「そちらから学ぶことがあるから楽しくやっている」とおっしゃっていて「ああ、そうだったのか」と思いました。
村上さんにとっての翻訳は、なんと言うか片側に本業の作家業があり、もう片側に楽しみとしての翻訳がある、そんな感じみたいだなぁって思いました。
いろいろ「なるほど」とうなづく部分の多い本でしたね(^^)。
投稿: ハーちゃん | 2012年1月 9日 (月) 13:55
>ハーちゃんさん
はやい~!もう読んじゃったんですか!?(゚0゚)
村上さんは、ほんとに翻訳がお好きで、本業の創作と切っても切れないものだってよくわかりましたよね。柴田さんはまたちょっと違って、それも興味深かったです。
投稿: ひがなお、 | 2012年1月 9日 (月) 21:15
ぽにょっ会のやり方いいんですね!
わー、自信持ってやっていけそうです。
ひとつの原作にはたったひとつの正解のようなものがあるのかと思っていましたが、翻訳にも個性が表れて当然、自分の訳はどう?いいでしょう?というスタンスもOKということですよね。
意見交換もバンバンしていきましょうね!
投稿: テラ | 2012年1月14日 (土) 09:36
>テラさん
日本は明治以来、翻訳文化という言葉もあるくらい、文芸翻訳だけでもたくさんなされ、それは当然その時代の言葉、時代の空気を反映している、みたいなお話も、この本の中にありました。考えてみれば当然ですよね。原作者の個性、時代に加え、翻訳者の個性、時代、そして両者のマッチングというか呼吸みたいなものによって、いろんな翻訳がある。面白いですね(o^-^o)
投稿: ひがなお | 2012年1月15日 (日) 11:47