調子はずれD 担当部分
キム・ジュンヒョク短編集「楽器たちの図書館」を一冊まるごと翻訳してしまおう、という「ぽにょっ会」。
ついに最後の一編です。
私の担当部分は、268ページ下から3行目から272ページ7行目。
語り手「僕」の会社にDが訪ねてきて、高校時代の話や無声映画の話をして、一緒に仕事をすることになるところ。
以下、気になったところ、難しかったところです。
①269ページ 4,5行目 정체
정체[正体]という言葉が3回出てきます。
これを含むところがすごく訳しにくかったです。
自分の正体、本分、真の姿、本当の自分みたいなもの。
普段の姿からはわからない、歌わない限り表面に出ない姿=この場合はDがとんでもないリズム音痴であること、だと思います。
でもぴったりくる表現を思いつけなくて…。
結局日本語にはならないのであっさりと「自分をわかってなかった」にしましたが。
みなさんはどうされたのか、気になるところです。
②270ページ下から4行目 자신이 알아낸 게 아니고 들어서 아는 거지.
들어서 아는 거지「聞いてわかるんだよ」 直訳では何を聞いてどうわかるのか、わかりません。
他人から「お前音痴だな」みたいな言葉を聞いて、自分が音痴だとわかる、という意味だと思います。
日本語で「~と言われる」という表現を、韓国語では「~라는 소리를 듣다」のように表現することが多いので、このように 들어서 ひと言で「他人に言われる」意味になるんだ、と再発見しました。
この解釈で合っているでしょうか?
③271ページ3行目 대가를 톡톡히 치렀지만
「対価をたっぷり支払ったが」 先生が生徒を殴った対価を支払う、とは懲戒のような処分を受けた、ということなのでしょうか?
具体的には何も書いていないので想像するしかないですが・・・。
Dはこの先生も招待したかったんじゃないかな~、なんて考えました。
④271ページ下から5、4行目 내 몫의 이름값을 충분히 챙길 수 있었고
이름값 は 이름에 알맞은 행동이나 노릇, 또는, 주위의 평판 때문에 치루는 대가 (名前にふさわしい行動や役割、または周囲の評判のために支払う対価)と、내이버 오픈사전 にあります。
これもそのままでは日本語になりにくいです。
外来語でネームバリュー?とも考えましたが、ちょっと違うような気がします。
「僕の分の 이름값 は充分に取りそろえることができる」 → 「僕の役割は充分に評価される」としましたが、
どうでしょうか?
⑤全体に何度も出てくる 공연 、공연기획
公演、コンサート、ライブ、日本語ではそれぞれ少しずつ違う感じがします。
会社の事業としては公演、企画するものはコンサート、バンドとしてはライブ、みたいな・・・。
語り手の僕もDも40歳近く、まだ若いので会話の中では「公演」より「コンサート」か「ライブ」が合う様な気がします。
「公演企画」は、事業計画書を作成するときに使う言葉のようで、会話の中では不自然だと思います。
기획 もたんに「企画」とすると、この場合ズレがあるような気がして、会話の中ではあえて「プロデュース」を使ってみました。
僕がDから奪ってやろうとしていた 공연기획 は、以後の内容からして「企画」というよりは「プロデュース」だと思うのですが。
ドラマの中で、日本でいえば芸能事務所にあたるところを 기획사 と言っているのを見たことがあります。
ちなみに、「公演企画」「コンサート企画」「ライブ企画」をそれぞれ完全一致で検索してみたところ、ヒット数は「ライブ企画」がいちばん多く、次いで「コンサート企画」、「公演企画」の順でした。
やはり「公演企画」は企画書の書き方とか、会社案内といったカタい文書がほとんどでした。
공연 、공연기획、などの言葉が表現する範囲・内容と、日本語の訳語が意味する範囲・内容がほんの少しずつズレてるんですね。
공연、기획 など範囲の広い言葉は、いつも同じ訳語と決めつけずに状況に合わせて、そこで表現していることを表す最も適切な日本語を選ぶことが大切だな、とあらためて思いました。
そのほかにも、お気づきの点があれば、ぜひ教えてください。
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コメント
訳すのがむずかしい部分が多かったですね、ここは(^^;)。
①ですが「自分のこと」にしました。
②は、オンチなのだから自分でわかる筈はないだろうな、と思ってやはり「人に言われて」にしました。
③先生がどういう代償をはらったのか、わかりませんねぇ。
④は「自分の役目は果たすことができ」にしました。
あと、うまいなと思ったところは
p270の下から7行目の
웃기는 게 뭔지 알아?→何が笑えるって
p271の9行目の
숙제가 해결되기라도 해?→宿題が片付くとでも?
などでした。
みなさん、きっちりと調べてから訳をなさっているのに感心することしきりです。良い刺激を頂いています(^^)。
投稿: ハーちゃん | 2012年8月17日 (金) 13:56
정체ですが、私は「自覚?そんなもん無かったさ」と書いてました。
でも、主人公の言葉としては「わかっていなかった」くらいが良かったかもしれません。
自覚なかったんだな、って良い方によっては傷つくだろうし…(汗)
Dを殴って対価を~という後ろの文に続くように、
「殴られるまで自分が音痴だなんて思ってなかった」と
ここは때리다でなく맞다だったのに殴ると統一していたのは
さすがだなと思いました。自然と文章にまとまりが生まれますね。
対価は、「教師として居心地の悪い状況に陥った事」かと思いました。
万人の前で生徒を殴り、かつ音楽の先生であるにも関わらず
ろくに指導もせずに歌を歌うな、と言ってしまったことなど。
セッキって言ってしまってましたから…
もちろん、何かの罰も受けたかもしれません^^;
이름값、 この一文はほんと難しいですね…
私は「~成功すれば僕は充分に名を馳せることになるだろうし~」と書いてました。
で、今見たら「名がとどろく」と小さく書き込みもしてました。
なんとか이름を生かそうとしたもようです(笑)。
検索ヒット数まで調べるなんて…!脱帽です。
プロデュースって言葉もわかりやすくていい気がしますね。
投稿: おけいはん。 | 2012年8月17日 (金) 16:17
言われてみるとそうだなと思うことばかりです。
①のところは、僕がDに対して上から目線的な態度なのと、作家の漢字語の使い方の癖(と感覚的に)思ったので「正体を把握する」と直訳しました。
「正体」と聞かれて、意外な言葉なので「正体だって?」とDが一瞬驚いたのかなと。
②は同じです。「言われてわかる」にしました。
④これはびっくり!辞書で調べずに見た目だけでネームバリューと訳したのですが、ネームバリューって和製英語だったんですね!?今日初めて知りました。
ひがなおさんの訳をメモメモ
⑤は私も迷いました。この話の中だけでも統一できず、いろいろな訳にしてしまいました。
「公演」というと私は業界人っぽい感じがします。
自分が行くのは「コンサート」で、東京公演とか場所がつくと「公演」ですね。
271後半のDを手伝う理由のところで、1番、2番という書き方がすっきりしていていいなと思いました。
投稿: テラ | 2012年8月18日 (土) 23:14
>ハーちゃんさん
③「代償」がいいですね!この場合は「対価」よりぴったりくる感じがします。
いつもコメントありがとうございます。
投稿: ひがなお | 2012年8月24日 (金) 16:42
>おけいはん。さん
「自覚がない」っていうのもいいですね。会話として自然だと思います。
맞다 ていうのも面白い言葉だな~、と思います。日本語では完全に受け身なのに能動的にとらえるというか、面白いです。
이름값の이름を生かしたい、て気持ち、わかります!
グーグルの検索は、ある程度は使用頻度の目安になるのでは、と思っていますが、あくまでウェブ上の検索に引っかかった件数、てだけでひとつの参考にするようにしています。
投稿: ひがなお | 2012年8月24日 (金) 16:54
>テラさん
「正体」も「把握」も、日本語の語感と韓国語の語感はちょっと違うような気がします。
日本語ではカタイ感じですが、韓国語のそれは日本語より頻繁に使われるような気が…(あくまで私の感覚です)。
ネームバリューが和製英語だとは、私も知りませんでした(^_^;)
場所がつくと「公演」、たしかに!そうですね!
何気ないけど、こんなことも面白いです。
投稿: ひがなお | 2012年8月24日 (金) 17:01
ひがなおさん、コメントがすっかり遅くなってしまいごめんなさい。
私もハーちゃんさんが挙げてらっしゃる箇所、いいなと思いました。それから、細かいのですが、271頁下から7行目の「무대 세팅 같은」の「같은」を「など」としているところです。「같은」とくれば「ような」だとばかり思っていたので、覚えておこう!って思いました。
それから、同じく下から6行目の「失敗のリスクの負担がまったくないため」もいいですね。
「정체」はそのまま「正体」としました。
キム・ジュンヒョクさんが「자기」や「자신」とかを使わずに「정체」を使っているので、「自分の正体」とした方が、Dの歌を聴いたときの驚きぶりが現れるかなぁと思って。
「이름값」は、何も気にせず「ネームバリュー」としてしまいました。和製英語なんですね。
私も、自分の担当箇所で「공연장」の訳に悩みました。「ホール?」「ライブ会場?」などなど。結局、「ホールはクラシックみたいだし、ライブ会場だとロックみたいだし」と思って、融通のききそうな「公演会場」にしました。ひがなおさんは深く調べられていて、熱意に感動です。
投稿: スミレレ | 2012年9月 2日 (日) 22:32
>スミレレさん
コメントありがとうございます。
なるほど「自分の正体」とすると驚きぶりが感じられますね。
日本語「ネームバリュー」は이름값とは意味がちょっと違うように感じます。「ネームバリューがある」というように、名前だけで価値を認められている、みたいな感じ。
이름값 は、立派な名前や肩書きに見合った言動、みたいな意味のようですから。。。
공연 のように漢字語が日本語よりも幅広く使われるケースが多いような気がします。どういう日本語に移すか、やはり日本語の語感、センスが問われますね
投稿: ひがなお | 2012年9月 4日 (火) 07:45
ひがなおさん、ようやくたどり着きました
遅くなってしまってゴメンナサイ。
いつもながら、とても工夫して練られた訳文だなと感心します。
①は、難しいですね。私は、「自分が何者か」わかっていなかったんだな。としました。「自分の正体が」でもいいのでは、と思いました。정치って言葉は、文脈によって「アイデンティティ」と訳してもいいのではないかしら。
②は、「ひとに言われて」としました。
③「きっちりその報いをうけた」としていました。懲戒処分されたってことでしょうか。後味が悪いとか、いつまでも心にひっかかるとかいった精神的なものも含まれているのかもと思いました。
④は、難しくてよくわからなかったのですが、自分の名声を得るために力をふるう機会は十分に準備されていたというような意味と考え、「俺の名は十分に上がり」としました。
⑤安易に「公演企画」としてしまいました。なんか役所っぽいことばで引っかかったのですが、あまり掘り下げることもせず。やはり、翻訳は、ひがなおさんみたいに、もっとぴったりくることばは何だろうと捜すことが大切なようですね。「ライブ企画」ナイス!と思いました。
「そこで表現していることを表す最も適切な日本語を選ぶことが大切」とおっしゃっていますけれど、そのとおりですね。読者がその日本語を読んだときに、作者の伝えたいことがしっかり伝わるよう訳さなければ。
ソウルでのオフ会の話が出ているようですが、お会いできるといいですね。
投稿: ゆう | 2012年9月 4日 (火) 22:46
>ゆうさん
コメントありがとうございます。
③は、やはり「僕」も後味の悪さを感じていることが現れてるみたいですね。
④「名は十分に上がり」、なるほど、わかりやすく文意を表している気がします。いいですね!
⑤「公演企画」で合うところもあり、「ライブ企画」や「コンサートのプロデュース」に近いところもあり、日本語ではその都度表す内容に近い言葉を選択できればいいんでしょうけど…。それが難しいんですよね。
ソウルで打ち上げ!参加は難しいかもしれませんが、ぜひみなさんにお会いしたいです。
投稿: ひがなお | 2012年9月 7日 (金) 23:05
追伸
ひがなおさん、表題が「調子はずれD」ですね。何人かの訳「調子っぱずれのD」に比べて「っ」と「の」がない。
長い、冗漫な感じを避けようとされた工夫なのかなと思います。なるほどね!って思いました。
ところで、自分の訳を何度も口にしているうちに、何がいいのかわからなくなることってありませんか。第一印象を信じるのも大事かも。
おまけでした。
投稿: ゆう | 2012年9月15日 (土) 23:55
>ゆうさん
そうなんです。「調子っぱずれの」「拍子っぱずれの」ではあだ名として長すぎる気がして・・・。口にしたとき「っぱ」という語感が強すぎるというか。
それで苦し紛れに「調子はずれ」にしました
そうそう、何度も口にしたり、あれこれ考えているうちに、何が問題だったのか、どこがいいのか悪いのか、わからなくなることってありますね。
結局最初に頭に浮かんだものに戻ってきたり・・・。
やはり第一印象も大事ですね。
投稿: ひがなお | 2012年9月18日 (火) 10:23